とある場所で･･･。
数時間にわたって目の前に座っていたばあさんが、とあるきっかけで、その日２度目にこちらに半ば振り向いた瞬間、ささやいた。
「じさいｓ・・・」（ｓ・・・はサ行の音で始まる数音節。）
ん？？意味不明だったが、とりあえずその瞬間手渡されたものを受け取り、「はい。」と返事をしておいた。
このばあさん、この日初めて顔を合わせた相手でもないし、礼儀を知らないような性格でもなさそうなんだが、その朝出会い頭にこちらの顔を見て、何もいわずすぐには視線を逸らさないので、「おはようございます。」と声をかけたが、視線をくれただけで、なにも言わなかった。
手渡すものがあるのに、顔を少しもこちらに向けない失敬なばあさんの意味不明な言動など、採り上げるだけ時間の無駄だし、「じさいｓ・・・」が何を意味するのかは正確に知ろうとも思わないが、彼女が僕に何かを伝えようとしたのは確かだろう。
この単語が自分に向けて発せられるのを耳にするのは初めてではなかったので、辞書を引いたりなんかすれば「じさい」という音をもったいくつかの名詞に行き当たることも知っていた。そのばあさんの素性如何によっては、その意図したところを特定するのは簡単な話だろうが、まあ、さしあたって、時間を割いて僕がこのことに対応して意味があるとすれば、こうして日記に書きとめておくくらいのことなんだろう。
