インターネットを利用した某チャットにおいて、
ひさしぶりに、自分を指す二人称として「野郎」という言葉をかけられる。
いわゆる“仄めかし”というのが、
猜疑心のはけ口であることを示す、
典型的展開の会話ではあった。
これとは直接関係ないし、
ここに続けて書くと、
筆者自身も脈絡を失念しそうな些細なことではあるけど、
『つづく』と書いたまま、
放置している某投稿の続きを書くタイミングとしてふさわしいような、
“仄めかし”側の愉快犯的新展開を抑制しようとする、
いわゆる“事なかれ作用”が、
いまだに機能を続けているらしい。